自分ではどうしようもないと気づく前に私がしていたこと①

私の実家は、お寺です。私はどうしても僧侶にはなりたくないと思い、21歳の頃実家を飛び出しました。京都の大学へ進学し、文学部哲学科に入学しました。

仏教的な思考法は、育ってきた環境などから自然と身についていたと観じて、物事を多角的にみるには西洋的な思考法も必要だと観じ、西洋哲学科に入学しました。入学したての頃は、図書館によく通い本を読み漁っていました。

しかし、そのような私のスタイルも入学後半年くらいで崩壊しました。と言うのは、友達ができ友人らと遊ぶのがメインの生活スタイルになってしまいました。勉学に対する熱意は、消え去ってしまいました。

大学2年生になってからサークルに入り、そこで知り合った女性と付き合うことになりました。後の妻になる女性です。私は、女性との付き合いに入り浸り、快楽にのめり込んで行きました。その女性とは、卒業したら結婚しようと話していました。

その話通り私は、その女性と入籍しました。でも私は、就職が決まっていませんでした。やりたいことが全くなかったのです。でも、結婚したい。当然働かねば生活していけません。幸いなことに、妻の母の紹介で老人介護デイサービスセンターに非常勤職員として勤務することとなりました。

全く想像もしていなかったデイサービス(介護)という仕事。最初は、戸惑ってばかりでした。送迎からはじまり、食事介助、入浴介助、レクリエーション、送迎と1日が終わります。

半年くらいは、辞めたくて辞めたくて仕方ありませんでした。しかし、一年もすると体が頭が仕事の内容を把握できてきて、スムーズに動けるようになってきました。人間関係も徐々に良くなってきました。

そのような非常勤としての勤務が、2年くらい経った頃私は、そろそろ正職員になろうと思い始めました。介護関係での仕事を探しました。そこで私が就職したのは、とある病院のデイケア職員の主任としてでした。

これからデイケアを立ち上げるにあたって、その病院がデイケア職員を募集していたのです。何もない施設の中で僕は毎日、どのような施設にしたいか、どのような施設のレイアウトが良いかを考えていました。いろいろな施設を見学にいきました。

しかし、病院の院長が怖くて僕は1ヶ月でその病院を退職してしまいました。途方に暮れた僕は、新たな職探しをしました。しかし、職安に行ってもただただぼーとしているだけで、何もしない状態で帰ってきました。スーツを着て家を出て、当てもなく街を彷徨って、帰宅する日々が1ヶ月続きました。

1ヶ月くらい経った頃、非常勤で働いていた施設の先輩から電話があり、また非常勤で働かないかと話しがありました。僕はすぐに「はい」と返事をして。また以前勤務していた施設で非常勤として働きました。

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